蕎麦は、「細い麺線にそばつゆをつけながら啜る(すする)」という、特別な食べ方をする料理です。
どちらかというと、ちょっと食べにくい食べ物なので、上手に扱うためのノウハウや、おいしく味わうための知識が必要になります。
また、お店や集まりの場など、他の人と一緒に食べる機会が多いので、守らなければならないマナーもあります。
江戸時代から言われている「粋な食べ方」もあれば、「野暮な食べ方」もあります。そして、「あんな食べ方をして・・・」と、後ろ指を指されるような恥ずかしい食べ方もあるのです。
江戸時代には、女性は、どのように蕎麦を食べれば良いのかという作法を記した文書までありました。
「十割蕎麦と二八蕎麦では食べ方が違うの?」
「そばつゆは、どのくらいつけるのが正しいの?」
「蕎麦は噛んではいけないの?」
「音を立てて啜る(すする)のが通の食べ方なの?」
「温かい蕎麦は、冷たい蕎麦と食べ方が違うの?」
「いろいろな薬味が付いてくるけど、どう使えばいいの?」
などなど、たくさんの疑問をすっきり解消できる「蕎麦をおいしく、美しく食べるための基礎知識」と、「やってはいけないマナー違反」についてのお話を、ここではさせていただきます。
【蕎麦はなぜ、食べ方が問題にされるのか】
蕎麦の食べ方が問題になる原因は、大きく、三つあります。
1、細い麺線という、特殊な形状をしている
2、繊細な風味を楽しむ食べ物である
3、すぐにのびる、タイミングの食べ物である
これらの要素が、蕎麦の美味しさを引き出すことを難しくしているのです。
以下に、Q&Aの形で、蕎麦の食べ方についての知識を記します。
Q 十割そばと二八そばでは食べ方が違うの?
A もちろん違います。十割そばと二八そばは、それぞれ、味や食感に特徴があって、同一に考えることはできません。両者の特徴、個性を理解したうえで、食べ方を変える必要があります。
まず、十割そばは、そばだけで作られた食べ物です。上手に作られた十割そばは、香りと味をしっかり備えていて、そばつゆは使わずに麺だけ食べても満足できるほど美味しいものです。
十割そばは、麺そのものの味を大切にして食べましょう。それには、最初からそばつゆに浸すという乱暴をしてはいけません。そばつゆの味のほうが強いですから、そばつゆをつけた途端、繊細な麺の香りと味は、わからなくなってしまいます。
「まずは麺から味わってください」と言うのは、よくできた十割そばを楽しむための鉄則なのです。
そして、口に入れたら、香りと味を、しっかり楽しんでください。私の場合、おいしいそばは、噛みたくなります。気がつけば、無意識のうちに噛んでいます。そうすると濃厚な味と香りが、さらに広がって、幸福感に包まれるのです。
麺の香りと味を楽しんだら、次は、そばつゆを使います。麺全体につゆをつけるとコーティングされて、蕎麦そのものの風味がわかりにくくなります。だから、麺の下の方、三分の一ぐらいにそばつゆを付けて食べると、麺の味とそばつゆの味が、口の中で和音のように共鳴して、麺だけのときとは、また違った、奥深い世界が現れてくるのです。
蕎麦そのものの風味をしっかり備えた麺は、「香りと味の主張が強い」という言い方ができます。主張が強い麺ほど、それに合わないそばつゆを使うと、不協和音になります。十割そばとそばつゆは、蕎麦職人の感性が試される、ある意味、怖い食べ物なのです。
店によっては、十割そばと二八そばでは、別のそばつゆを出しているところもあります。
また、良くできた十割そばは、薬味も選びます。せっかくの味と香りを邪魔するような薬味は、使わないのが基本です。
Q そばつゆは、どのくらいつけるのが正しいの?
A 「細い麺線に、そばつゆをつけながらすする」という食べ方をする蕎麦にとって、これは重要な問題です。この食べ方の特徴は、麺にどのくらいそばつゆを付けるかというコントロールを、一口ごとにできるということです。食べる人は、そばつゆの濃さや、箸で持ち上げた蕎麦の量、あるいはつゆ付きの良し悪しなどの状況に応じて、そばつを付ける量を、自分で判断して加減するのです。
つき付きの良し悪しというのは、そばの表面がつるつるして水をはじくような状態か、それとも粗い粉で打った十割そばのように、ざらざらしていて水が染み込みやすい状態かによって、そばつゆがもたらす味の強さが違ってくるということです。当然ながら、染み込みやすい麺は、少しそばつゆを付けただけで、つゆが染み込んで、濃い味になります。表面がつるつるしたそばならば、そばつゆが付きにくいので、汁に粘りが欲しくなったりします。
あるいは、粘りに代わるものとして、大根おろしをそばつゆに入れて使うと、おろしの粒々が麺に付着し、その粒々にそばつゆが染み込んでいるので、やや強い味にできるという方法もあります。
また、地方によっては、そばつゆが薄めのところもありますので、それに対応して、どのくらいの味にするかを自分で決める必要があります。
いずれにして、どのくらいの濃さで、そばつゆを効かせたいかを決めるのは自分であり、それを微妙にコントロールしながら食べることができるというのが、「細い麺線に、そばつゆを付けながらすする」食べ方の良いところなのです。
先人は、実にすばらしい食べ方を残してくれました。
Q そばは噛んではいけないの?
A そばの食べ方は、食べる人の好みなので、好きなように食べれば良いのです。しかし、その麺の良さを最大限に引き出して楽しむなら、こういう食べ方のほうが向いているという理屈はあります。
二八そばのように、グルテンを生かしてツルツルしたそばに仕上げてあるならば、ツルツル感を楽しむために、噛まずに食べるというのも選択肢でしょう。
十割そばでも、一時代昔には、「のどごしが良い」というのは、太くてかたいそばを、噛まずに無理やり飲み込むと、喉を通過するときに強く圧迫されるので、その感覚を楽しむことを、このように言ったものでした。
それがいつの間にか、気がつくと、ツルツルと滑るように喉を通過する感覚を、「のどごしが良い」というようになっていました。なぜだろうと考えると、昔に比べて今のほうが、食べ物が全体に柔らかくなっている傾向があるのではないだろうか、それが理由のひとつになるのかななどと思います。
また、そば処と呼ばれる、地方のそばが美味しい地域では、太いそばが主流で、これを噛んで食べるところも少なくありません。こういう地域は、そばそのものがおいしいので、思わず噛みたくなります。噛むと、香りや味が口いっぱいに広がって、幸せな気持ちになれるのです。
そばの個性によって、噛むのか、飲むのかも変わってくるのですね。
時代が変わると言葉の意味も、人の感覚も変化します。そういうものなので、あまり深刻に考えず、他人にも押し付けず(笑)、好きなように楽しむのが良いと思います。
Q 音を立てて啜る(すする)のが通の食べ方なの?
A いらっしゃいますね、そういう方。ザザっと小気味良い音をたてて、そばをすする方。こうすると香りが一緒に楽しめるとか、あとから香りが立ってくるとか。これも人それぞれの好みなので、気持ち良く楽しめば良いと思います。
でも、太くて、ゴツゴツして、すすりにくいそばのときは、どんなふうにして召し上がるのでしょうか。いつかご一緒して、見学させていただきたいものです。
Q 温かい蕎麦は、冷たい蕎麦と食べ方が違うの?
A これはもう、まったく違います。冷たいそばは、麺を楽しむために、そばつゆが存在するという感じですが、温かいそばは、汁を楽しむために、麺が存在すると言っても、過言ではないと思います。
温かいそばを食べると、まずは汁の味が先にきます。そばが先ということは、ありえません。すでに麺は、汁の中に沈んでいるので、持ち上げて食べたとしても、汁にコーティングされているわけです。温かいそばで、まずは麺だけの味を楽しんで、ということは不可能です。
一般的にいうと、温かいそばは、汁が主役と言える食べ物です。その過程で麺も、脇役として力を発揮できると考えられます。
ただし、一部の地方で食べられている「釜揚げそば」の場合は、ちょっと話が違います。これは作り手にもよるのですが、良くできた釜揚げそばは、汁の中に沈んでいるにもかかわらず、麺が主役の座を譲ろうとしないのです。極めて強いそばを、温かい温度で味わうと、これはもう、常識では考えられないくらい、おいしいそばになります。
念の為、もう一度、言いますが、このおいしさは作り手によるので、気になる方は、片山が書く「釜揚げそば」についての記事を目にしたら、見落とすことなくチェックしてみてください。
(ただいま執筆中です。きょうは時間切れなので、ここで休止します。時間がたってから、またご覧ください/片山虎之介)